火付盗賊改方・鬼の平蔵、参る ―― 質屋・古物商・南蛮渡来店|雀家族ブログ外伝

火盗長官・鬼の平蔵が賊を追いかける図。 PCトラブル

ここから先は、江戸のお話。
しばし、現代のことはお忘れいただきたい。

合鍵を削る男

江戸の町。商店街には南蛮渡来店や古物市などが並ぶ図。

江戸には、盗賊にも流儀というものがある。
だが、そのころ江戸へ入り込んだ一味は、その流儀すら知らぬようであった。

初めにやられたのは、質屋であった。
次いで、古物を商う小間物屋が荒らされた。

いずれも手口は荒っぽい。

金目の物を見境なくさらい、跡を濁す暇もない――急ぎ働きの仕業に違いなかった。

だが、解せぬことがある。
戸口を破った跡がない。
錠前は無傷のまま、まるで、内から迎え入れられたかのごとくであった。

どちらも気づいた時には、すでに賊の姿はなかった。

火付盗賊改方長官、平蔵の耳に入ったのは、それからである。
人は陰で、鬼の平蔵と呼んだ。

鬼の平蔵が蕎麦をすすりながら、盗賊被害にざわめく江戸の町を眺める様子

平蔵は蕎麦をすすっていた。
熱い汁に、葱を少し。
外では、雀たちがしきりと騒いでいる。

向かいに座った密偵が、声を落とした。
「二軒目も、妙でございます」
「何がだ」
「どの蔵の錠前にも、傷がねぇんで…」

平蔵は蕎麦をもう一口すすった。
「それだけか」

密偵は少し考え、
「それと……妙な浪人を見ました」

「浪人?」

「それが妙な奴で…
 けばけばしい着物で肩で風切って歩いてるくせに、自分は絵師だって名乗ってるんです
 騙りを働くにしちゃあ、ずいぶん目立ちたがるで、気になっちまって」

平蔵の箸が止まった。

「そうか」
とだけ呟くと、それきり平蔵は蕎麦に戻った。

その浪人は、南蛮渡来の品を扱う大店へ、しきりに出入りしていた。

名乗る名は、近ごろ評判の絵師のものだった。
人はその絵師を、葬送りの絵師などと呼んでいる。

ある夕暮れ、平蔵は往来の向こうから、その男を見た。

浪人は店先に置かれた南蛮渡来の秤を手に取り、面白そうに眺めている。
「珍しい物でございますな」
店の者にそう言って、白い指で秤皿を弾いた。

平蔵の目が、その指先に止まった。
爪の際にも、墨ひとつついていない。
平蔵は何も言わなかった。

その日の夕方も、浪人は店の奥へ消えた。

ほどなくして裏口から、別の男が入る。
こちらは地味だった。
誰も振り返らぬような男である。

男は灯を細くし、小さな鑢を取り出した。

しゃり。
しゃり。

手元には一本の鍵。
その横には、まだ色の新しい鍵が置かれている。

「まだか」

奥から声がした。
男は顔も上げなかった。
「あと少し」

しゃり。
しゃり。

金属を削る音が、また始まった。
「これは上出来だ…」

ふんと鼻を鳴らし、一味の頭が帳面を閉じた。

「鑑札の方は、まだか?」
「吟味が、まだ下りておりません」

頭は舌打ちした。
「急がせろ。鑑札さえ下りれば、あの絵師の名で抜け荷を堂々と商える。
 今のままじゃ、故買の連中に買い叩かれるだけだ」

江戸の夏まつりの様子。バサラ風の雀と金平糖を喜ぶ子雀の一幕

その頃、江戸の町は、ちょうど夏祭りの支度で浮き立っていた。

神田の通りには屋台が並び、焼き味噌の匂いが夕風に混じる。
囃子の稽古をする太鼓の音が、あちこちから聞こえてきた。

件の南蛮屋の店先にも、祭り用の提灯が並べられていた。
台の上には、南蛮渡来の金平糖が升に山と盛られている。
童らが小さな手を伸ばしては、歓声をあげていた。

客の出入りは、いつもと変わらぬように見える。
だが、その奥では、帳面をめくる音だけが、やけに乾いていた。

三日目の夜、使いの者が息を切らせて戻ってきた。
「口利きの筋から、差し戻しで時間がかかると…」

「今さら怖気づいたか。とっくに勘づいてたくせに、白々しい」
「品は?」
「故買へ回せ。値など構わん」
「ずいぶん安く叩かれますぜ」
「江戸に残して首を取られるよりましだ
 ちょいとばかり、長居をしすぎた」

例の浪人が、柱にもたれて笑った。
「火盗改かい?」

頭は浪人を見た。
「明日、お前は表へ出ろ」
「見張られてるぜ?」
「本所へ行け。昼間から浴びるほど飲んで、坊主相手に管でも巻いてこい」
浪人の笑みが消えた。
「嫌なら、ここで残れ」

しばらくして、浪人は肩をすくめた。
「売れっ子絵師も、つらいねえ」

バサラ風の浪人の後を同心が後をつける図。江戸の町は祭りにざわめいている。

翌日の夕刻。
浪人は、ことさらに人目につくように店を出た。

すぐ後を、一人の同心が追う。
それを遠くから見ていた密偵が、足早に戻ってきた。

「旦那、浪人が動きました」
「捨ておけ」

平蔵はしばらく盃を見ていた。
故買筋の男まで出入りし始めた。
一味の動きが、急にせわしくなっている。

平蔵は盃を置いた。

夜も更けた頃、
店の裏では、荷が次々と運び出されていた。
帳面。
細工物。
いくつもの印判。

「急げ」
頭の男がせかす。
「舟は?」
「待たせてあります」

「鍵は捨てろ」
鍵師が、削り終えた一本を見た。
少し迷った後、それを懐へ入れた。

頭が短く息を吐く。
「勝手にしろ。もう江戸ともおさらばだ」

火付け盗賊改めが賊のアジトを包囲する図

表通りは、静かだった。
時折、遠くで夜回りの拍子木が鳴る。

最後の荷を抱えた男が、裏口を開けた。
立ち止まった。

路地の先に、人がいる。
振り返る。
反対側にもいる。
「頭……」

店の中で声がした。
「どうした?」

返事はない。
頭の男が出てきた。

そして、ようやく気づいた。
路地の両側。
屋根の上。
店の表。
いつの間にか、火付盗賊改の同心たちが立っている。

「畜生……」

男は奥へ戻ろうとしたが、そこにも人影があった。

一味の頭が、平蔵を睨む。

平蔵は一瞥しただけだった。
「少しばかり、欲をかきすぎたな」

頭の男の顔が歪んだ。

平蔵は同心たちを見た。
「手入れだ」

一件落着、御用後の種明かし

この外伝には、元になった事件があります。

質屋も、絵師も、合鍵も、南蛮屋も。
姿を変えてはいますが、もとを辿れば、すべて実際に起きたアカウント乗っ取りと、マルウェア騒動から生まれたものです。

江戸では、鬼の平蔵が一味を取り囲みました。
現代では、そう簡単にはいっていません。

デジタル生活奪還記 壱之巻より読む ➡

配役ならびに種明かし

火付盗賊改方長官 雀 平蔵
鬼の平蔵。
本外伝において、一味を追う火付盗賊改方の長官。

なお「雀」の一字については、作者の都合である。

葬送りの絵師
Amazon に残されていた、見知らぬ「設定者」。
実際に使われていたのは、ある著名な漫画家の名だった。
→ 【参之巻 Amazon乗っ取り篇】

密偵たち
Gemini、Copilot、GPT。
→ 【働きぶりについては、六之巻に詳しい】

質屋・小間物屋
Yahoo!、楽天ほか、すでに荒らされていた古いアカウントたち。
→ 【弐之巻 休眠アカウント篇】

南蛮渡来の大店
Amazon。
国内のみならず、海外用のマーケットプレイスへの販売者登録まで進められていた。
→ 【参之巻 Amazonへの侵入者篇】

鑑札
販売者登録。
ただし一件は、まだ「申請中」であった。
→ 【五之巻 現代版町奉行所へ届け出る】

南蛮渡来の秤
……これは説明するまでもあるまいwww

抜け荷・南蛮
Amazon 海外マーケットプレイス。そして、ポルトガル語で現れた Google 広告。
→ 【四之巻 Google Ads・WordPress乗っ取り篇】

戸を破らず入る盗人
錠前が無傷でも、安心とは限らない。
現代には、パスワード以外にも「ログイン済み」を示す鍵がある。
→ 【七之巻 敵は、クラウドにあり】

合鍵を削る男
情報窃取型マルウェア、インフォスティーラー。
忍び込まれた後、錠前は掛け替えられた。
戸の内に残ったのは賊。
戸の外に立たされたのは、家の主である。
→ 【壱之巻 すべての始まり】

御用となった馬
名を、トロイの木馬という。
そして尻に刺さっていたのは、USBメモリである。

母雀がPCから、この「お馬ちゃん」を追い出すために選んだのが、
USBからのWindowsクリーンインストールだった。

なぜ、馬の尻に刺さっていたのか。
それは絵師に聞いてほしい。
→【六之巻 PC・マルウェア篇】

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