夜間診療の是非 ―― 獣医師の葛藤
私はもともと大動物が専門で、犬や猫の臨床が本職ではない。
だから若い頃は、恩師の動物病院でボランティアをしながら、診療や病院経営を勉強させてもらっていた。
その病院は、昼間は獣医師2人と助士。
でも夜間は、先生ひとりだった。
住宅併用型だったこともあり、深夜でも急患が直接ピンポンしてくる。

夜中にも診てもらえるなら、
飼い主としてはありがたいけどね。

先生は「嫌で嫌でたまらない」と言っていたよ。
夜間に来る子は、既にかなり状態が悪いこともあるからね。
しかも初診なら、
「うちの患者じゃない。経過も分からない。もう重症。でも、目の前にいる」
そんな状態から診療が始まる。
当時、近所にはテレビにもよく出る有名な獣医師がいた。
その先生は、初診を受けるかどうかをかなりはっきり線引きしていた。
「一見さんお断り」
それが、その先生の方針だった。
「できることと、できないことがある」と公言していた。
遠くから有名な先生を頼って来たものの診てもらえず、
周囲の病院を片っ端から探しまわった飼い主さんもいたかもしれない。
本当に切羽詰まっていたのだと思う。
ただ、最後に受けた病院は、何も分からない状態からその子を背負うことになる。
助けられなければ、訴訟に発展することもあった。
恩師が特に悩んでいた時期には、
「今月は裁判のために3日も病院を休まなきゃいけない」
と嘆いていた。
休めば、その日に診るはずだった別の動物を診られない。
訴訟対応は、費用負担だけでなく精神面でも実務面でも負担が大きい。
深夜の診療は、その夜だけでは終わらない。
翌日は眠い。
それでも昼間の診療は続く。
だから、日中の診療を守るために夜間は受けないという病院も、
一見さんお断りと線を引くという病院も、私はよく分かる。
それは、患者を選んでいるというより、責任を持って診られる範囲を決めているのだと思う。
それでも恩師が夜間診療を完全にはやめなかったのは、
ずっと診てきた常連の子が、本当に危ない時の窓口まで閉じたくなかったからだ。
夜間診療をしない病院が冷たいわけではない。
獣医師には、
「診る責任」だけでなく、「ここから先は診られない」と線を引く責任もある。
逆に、深夜まで扉を開けている病院は、かなり多くのものを背負って開けている。

